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第5話  怪しい男は、どっち?

last update Date de publication: 2026-10-22 14:00:11

翌朝。

深雪は、スマートフォンの画面を睨んでいた。

『彼には気をつけてください』

昨夜、Tから届いたメール。

その「彼」が誰なのかは、考えるまでもない。

──和光。

「……何なのよ」

深雪はベッドの上で頭を抱えた。

和光は、ただのカフェの常連客だ。

少し変わっている。

でも、悪い人には見えない。

むしろ。

「……優しそうだったけど」

それが余計に分からない。

Tは、なぜ和光を警戒しているのか。

そもそも。

「なんでTは、和光さんが私の知り合いだって知ってるの?」

疑問が一つ増えた。

そしてもう一つ。

Tは、どこまで自分を見ているのだろう。

深雪は、背筋が少し寒くなった。

「……やっぱり、警察?」

いや。

さすがに大げさだ。

ただのメールだ。

それに、金銭を要求されたわけでもない。

むしろ逆。

月100万円を払うと言われている。

「それが一番怖いんだけど」

深雪はため息をついた。

Cafe Luce。

「深雪ちゃん、今日ちょっと顔怖いよ」

店長に言われる。

「え?」

「寝不足?」

「……はい」

「ちゃんと寝なよ」

「気をつけます」

そう言いながら、窓際を見る。

今日は和光はいない。

少しだけ安心した。

──その直後。

「こんにちは」

「ひっ!」

背後から声がした。

振り返る。

和光だった。

「……びっくりした」

「すみません」

和光は申し訳なさそうに笑った。

「今日は空いてますね」

「そうですね」

深雪は少し距離を取る。

すると、和光が不思議そうに見た。

「……何かありました?」

「いえ!」

声が裏返る。

「本当に?」

「本当です」

和光は少し考えて。

「なら、いいんですが」

席へ向かっていった。

深雪はその背中を見ながら思う。

やっぱり、悪い人には見えない。

でも。

Tが警戒している。

……いや。

「Tが怪しいんじゃない?」

深雪は小声で呟いた。

月100万円の愛人契約を申し込んできた人物。

自分の生活まで把握している人物。

どう考えても、Tのほうが怪しい。

「うん。絶対そう」

深雪は一人で納得した。

その頃。

和光こと佐倉大晴は、コーヒーを飲みながら深雪を見ていた。

「……警戒されてる」

当然だった。

自分でも分かっている。

昨日のメールは失敗だった。

深雪が「和光」を怪しむようになったら困る。

しかし。

「Tとしても、和光としても、距離を置かれるわけにはいかない」

佐倉は真剣に悩んでいた。

会社の経営戦略なら、いくらでも考えられる。

だが。

恋愛だけは。

「……難しい」

佐倉は深いため息をついた。

その姿を、深雪が遠くから見ていた。

「……やっぱり怪しい」

完全に誤解だった。

その日の夕方。

深雪が居酒屋へ向かうと、薫がスマートフォンを握りしめていた。

「どうしたの?」

「……オーディション」

「え?」

「また落ちた」

薫は笑っていた。

けれど、その笑顔はいつものものではなかった。

「そっか……」

「もう二年だよ」

薫はスマートフォンを伏せた。

「二年もやって、一回も大きい役なんて取れない」

「でも、続けてるじゃん」

「続けてるだけ」

薫は笑った。

「深雪はいいよね」

「え?」

「文章で仕事になってるんでしょ?」

「……まあ、一応」

「私なんて、何にもない」

その言葉に、深雪は少し黙った。

薫は、自分のことを「何もない」と言った。

でも。

毎週オーディションを受けている。

仕事のあとに演技の練習もしている。

それを、深雪は知っていた。

「薫ちゃん」

「何?」

「私も、何もないよ」

「嘘」

「本当」

深雪は笑った。

「私の文章だって、最初は誰にも読まれなかったし」

「でも今は読まれてる」

「たまたまだよ」

「……そういうところ、嫌い」

「えっ」

薫が笑った。

「自分で自分のこと、低く見積もりすぎ」

「……」

その言葉が、妙に胸に残った。

*

仕事が終わった深夜。

深雪は帰宅して、パソコンを開いた。

新しいメールが届いている。

Tからだった。

『昨日の件、驚かせてしまって申し訳ありません』

深雪は読む。

『あなたを監視しているわけではありません』

「……本当かな」

『あなたの文章が好きだから、つい気になってしまうだけです』

少しだけ、胸がざわついた。

それから。

『それでも、あなたに一つだけ伝えたいことがあります』

深雪は画面を見つめた。

『あなたは、自分が思っているよりずっと価値のある人です』

「……」

深雪は何も言えなかった。

普段なら、そんな言葉は簡単に信じない。

自分なんて。

そう思ってしまう。

けれど、その日は違った。

昼間の薫の言葉を思い出した。

『自分で自分のこと、低く見積もりすぎ』

深雪は、ゆっくり息を吐く。

「……私って、本当にそうなのかな」

そして、初めてTへの返信欄を開いた。

しばらく迷ってから。

一言だけ入力する。

『あなたは、私の何を知っているんですか?』

送信。

数秒後。

返信が届いた。

『全部、とは言えません』

さらに。

『でも、あなたが書いた文章なら、誰よりも読んできたつもりです』

深雪の心臓が、ほんの少しだけ跳ねた。

その頃、別の場所で。

佐倉大晴は送信済みのメールを見つめていた。

「……好きだって言いたい」

しかし。

「……絶対、言えない」

敏腕社長。

恋愛偏差値だけは、驚くほど低かった。

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